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JAPAN ROAD TO
THE KENTUCKY DERBYとは

日本馬を対象に2016年にスタートしたケンタッキーダービー出走馬選定ポイントシリーズ。構成競走における4着馬までにポイントを付与し、合計ポイント最上位の馬がアメリカのチャーチルダウンズ競馬場で行われるケンタッキーダービーに出走できるというもの。合計ポイントが同点の場合は獲得賞金により順位を決定し、シリーズ1位馬が辞退の場合は上位4位まで順次繰り上がる。2021年のケンタッキーダービーは5月1日(土)に行われる予定。

構成競走 実施場 1着 2着 3着 4着
カトレアステークス 東京 10 4 2 1
全日本2歳優駿 川崎 20 8 4 2
ヒヤシンスステークス 東京 30 12 6 3
伏竜ステークス 中山 40 16 8 4

米三冠への挑戦

CHALLENGE TO THE TRIPLE CROWN

米三冠挑戦後、ダートグレード2連勝のマスターフェンサーに注目!!

日本調教馬が初めてケンタッキーダービーに挑戦したのは、ちょうど四半世紀前の1995年。アメリカ・ケンタッキー州生まれのスキーキャプテンが、いわば“里帰り”の形での挑戦だった。
スキーキャプテンは、朝日杯3歳S(当時)はフジキセキにクビ差2着と敗れたものの、3歳初戦として臨んだきさらぎ賞は、単勝元返しの断然人気に応えて快勝。そして挑戦したケンタッキーダービーだったが、出遅れもあって19頭立ての14着に敗れた。

しばらく空いて日本から米三冠への挑戦は2008年のカジノドライヴ。3歳2月にダートの新馬戦を大差で圧勝したのみでの渡米。目標としたのはベルモントS。アメリカ初戦となったG2のピーターパンSを圧勝して現地でも注目された。しかし挫跖のアクシデントでレース当日朝に出走を取消した。

日本調教馬として初めて、そしてここまで唯一、アメリカ三冠すべてに出走を果たしたのが2016年のラニだ。
3月、ドバイに遠征し、日本調教馬として初めてUAEダービーの勝ち馬となった。もとよりケンタッキーダービー挑戦のプランがあり、日本には戻らずヨーロッパ経由で大西洋を渡った。
そして出走したケンタッキーダービーは、後方からの追走となって、直線追い上げを見せたものの20頭立ての9着だった。
中1週で行われる二冠目のプリークネスSは直線よく伸びて5着。勝ち馬からは5馬身ほどの差だった。
そして三冠目のベルモントS。ここでも後方からレースを進めたラニだったが、直線先頭に迫る場面があっての3着。勝ち馬とは、ハナ+1馬身半差。健闘といえる走りを見せた。

翌2017年には、UAEダービーで惜しくもアタマ差2着と好走したエピカリスがベルモントSに遠征。最終追い切りのあと歩様に乱れがあり、レース当日に取消となった。

2016年に始まったケンタッキーダービー出走馬選定ポイントシリーズ『JAPAN ROAD TO THE KENTUCKY DERBY』では、2019年にポイント4位(上位3頭は辞退)でケンタッキーダービーに出走したのがマスターフェンサー。ドロドロの馬場で4コーナーでは最後方だったが、馬群を縫うように進出して6着に入った。
二冠目のプリークネスSは回避し、臨んだベルモントSは、やはり4コーナーを後方で回ると直線外から追い込み、勝ち馬から3馬身ほどの差の5着と健闘した。
マスターフェンサーは、さらに芝のベルモントダービーに出走したが、さすがに芝は合わなかったか13着での入線だった。

日本に戻ったマスターフェンサーの格付けは2勝クラスからのスタート。順調に勝ち上がり、日本での重賞初挑戦となったのは今年7月の盛岡・マーキュリーC。直線で先頭に立ったデルマルーヴルを残り100mでとらえ1馬身半差をつけての完勝。続く金沢・白山大賞典は、直線ロードレガリスとの追い比べを制した。

ダートグレード2連勝としたマスターフェンサーの、日本のダートでの飛躍に期待だ。

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